1.はじめに

現代において、激しい競争社会や複雑な人間関係に適応できるのは誰にとっても容易なことではなく、多くの人が毎日ストレスを抱えながら生活をしている。特に最近では、職場環境の変化やリストラ、コミュニケーション不足が原因で、働き盛りの30代にうつ病にかかる人が多いことが問題視されている。厚生労働省の患者調査によると、精神障害の受療率は、高血圧性疾患についで高く、未だ増加傾向にある。私は、ストレスとされる出来事が誘因となって起こるうつ病の、免疫能とサイトカインとの関連や、生体がストレスを受けた時の感情の発現と、ストレス時に脳内で発現するサイトカインの関係について述べようと思う。

2.選んだキーワードはストレスと脳機能である。

3.概略

@ うつ病とサイトカイン(加賀谷有行、山脇成人)の論文

この論文は、ストレスとされる出来事が誘因となって起こるうつ病について、免疫能とサイトカインとの関連について述べられている。うつ病では、セロトニン神経系の傷害が想定されており、セロトニン神経系の変化とともに、視床下部?下垂体?副腎皮質機能は亢進する。例えば、サイトカインの一種であるIL?1Bは視床下部?下垂体?副腎皮質機能を亢進させる。この亢進反応は、うつ病における生物学的変化の重要なもののひとつに挙げられている。また、抗うつ薬や気分安定薬といった気分安定薬は神経栄養因子の発現を亢進する。神経栄養因子は受容体を介して、セロトニン神経、コリン神経といった様々な神経細胞に保護的に働き、うつ病状態においては、神経栄養因子は傷害されている。このように、サイトカインはセロトニンなどの神経伝達物質、視床下部?下垂体?副腎皮質機能や神経栄養因子の機能を変化させることで、うつ病の発症や経過に影響を及ぼしている可能性が高いとされている。これらの機能は、うつ病の治療や予防に重要であるが、さらなる研究が必要である。

A 脳内サイトカインと感情評価(久保和彦、片淵俊彦)の論文

この論文は、生体がストレスを受けた時の感情の発現と脳内で発現するサイトカインの関連についてである。神経系と免疫系が互いにクロストークする脳?免疫系連関は生体の恒常性維持やストレス応答に重要な役割を果たしていると考えられている。クロストークする、脳ー免疫系連関において共通した情報伝達物質はサイトカインである。代表的な感情である不安を評価するため、三つの実験「EPM,OPF,LD試験」を行った。実験結果より、サイトカインの中でも特にIL?1Bが感染急性期の不安行動に最も関連していると考えられる。免疫系が賦活される感染ストレスや、痛みなどによる肉体的ストレスなどの非炎症性ストレスにおいても、神経系でサイトカインが産生されている。よって、ストレス応答としての情動の発現にサイトカインが関与していることは十分考えられる。
4.考察

@心理的なストレスやうつ病が免疫能にどんな影響を及ぼすのかについては、1980年代から研究が進められている。ストレスやうつ病状態が続くと、リンパ球が幼弱化するといった反応やナチュラルキラー細胞の活性が低下するという報告があり、これらは、細胞性免疫と関連があると考えられている。サイトカインがうつ病状態にどう働くのかについては1990年代から研究が進められている。
日々の生活の中でストレスを感じると、脳内へその情報が伝達されてサイトカインが分泌される。サイトカインは神経伝達物質の傷害、視床下部?下垂体?副腎皮質機能の不全、神経栄養因子の傷害を引き起こす。これらの機能不全が原因となってうつ病が発症するといわれている。これから、サイトカインによって引き起こされる三つの傷害について、具体的に述べようと思う。

まず、サイトカインとは、極めて微量で機能を発揮する細胞外情報伝達分子である。主に、細胞の発生、生存、死、増殖、分化、運動を制御しており、特に、免疫系では血液、免疫系細胞の発生、増殖、分化、免疫系の構築、免疫系応答の制御に関わっている。サイトカインの特徴として主なものは、異なるサイトカインが同一の作用を有すること(作用の重複性)、複数のサイトカインが共通の活性を持つこと(冗長性)、同一のサイトカインが細胞によって異なる反応を誘導すること(細胞特異性)、生体の恒常性維持である。複数のサイトカインが相加的、相乗的、あるいは拮抗的に作用するなどの機能も挙げられる。また、サイトカインは構造の共通性により、ヘマトポエチン、インターフェロン、ケモカインおよびTNFファミリーなどに分類される。この内、ストレスやうつ状状態が関係するのは、インターロイキン「ILー1B,IL?2、IL?6,腫瘍壊死因子」などである。うつ病状態では、血漿中のいくつかのサイトカインやその受容体、例えばIL-1B、IL?2、IL?6、インターフェロン、腫瘍壊死因子などの濃度が増加すると報告されている論文もある。しかし、これらの血漿中サイトカイン濃度やサイトカイン産生が健常人と変化がないという報告もあるため、まだ研究が必要である。

次に、神経伝達物質の傷害についてであるが、視床下部や海馬におけるノルエピネフリン、ドーパミン、セロトニンといった神経伝達物質の活性をIL?1が増強するという結果が出ている。また、うつ病では、セロトニン神経系の傷害も想定されている。脳内のインターフェロンは、インドールアミンー2,3?ジオキヂゲナーゼ(ILO)を誘導し、トリプトファンを減少させ脳内のセロトニンの量に影響を与えるとされている。他に、IL?1,IL?2、IL?6といったサイトカインもIDOを誘導する。

更に、視床下部?下垂体?副腎皮質機能の不全についてであるが、うつ病状態では、セロトニン神経とともに視床下部ー下垂体?副腎皮質機能が亢進される。IL?1B,IL?6、腫瘍壊死因子は視床下部?下垂体?副腎皮質機能を亢進させて副腎皮質ホルモン、コルチコトロピン放出ホルモンを放出させていることが分かっている。

更に、神経栄養因子の傷害についてであるが、うつ病状態では神経細胞の分化、機能維持に傷害が起こっていることが分かる。抗うつ薬や気分安定薬といった気分安定薬は、神経栄養因子の発現を亢進し、神経細胞の保護、機能維持といった働きを持つ。よって、サイトカインは神経伝達物質、視床下部?下垂体?副腎皮質機能、神経栄養因子を傷害させることで、うつ病の発症、経過に何らかの影響を及ぼしていることが予測される。

A 一つめの論文でも述べたとおり、ストレスは脳内のサイトカインを分泌させる。脳内のサイトカインが分泌されると、外部環境からの感覚性入力、および内部環境からの液性または自律神経性の入力、情動評価という過程が起こると考えられている。この過程では、記憶、経験、内部環境の照合が行われ、モノアミントランスポーターの多形性などの遺伝的要因が影響するとされている。情動とは、喜び、悲しみ、怒り、恐れなどの状況に応じて進行する情動体験と、表情、攻撃、防御などの情動行動、自律神経反応のことである。情動表出とは、情動行動、情動性自立反応を合わせたものである。一般にストレスを受けたときに、情動は発現するが、情動を発現することによって不安、恐怖、攻撃などといった動物の感情表出を評価できると考えられている。代表的な感情の一つである不安は、神経障害によくみられる感覚障害のことである。B、C型肝炎、悪性腫瘍などの治療に使われるインターフェロンは、治療の途中または治療後に不安を増強させることが分かっている。動物実験における不安の評価は色々な方法があるが、ここでは三つの方法を述べる。一つめの方法は、高架式十字迷路(EPM)試験である。ラットのオープンアームに侵入した回数が時間、回数が短いほど不安が強いと評価されている。現在、この試験は抗不安薬の評価法として広く使用されている。二つめのオープンフィールド(OPF)試験は、一定の大きさの囲いの中で、ラットが動き回った移動距離を運動機能として立ち上がった回数、排便数などを探索行動の指標として評価される。三つめの明暗試験(LD)試験は、明るい部屋と暗い部屋をつないだ箱に動物を入れる実験である。不安が少ないと、明るい部屋によく出てくるとされている。

これらの試験によって、炎症性サイトカインによる不安反応を評価した報告も多数ある。例えば、ラットの側脳室内にIL?8,IL?2,IL?6および腫瘍壊死因子を注入すると、EPM試験ではオープンアームに侵入した回数が短くなる。OPF試験では、立ち上がった回数、排便数も減少する。グラム陰性細菌の細胞成分であるリポサッカライドを腹腔内に注入しても、炎症性サイトカインが分泌される。この場合、炎症性サイトカインの中でもIL?8は感染急性期の不安行動に最も関係すると考えられている。また、肉体的ストレスなどの非炎症性ストレスにおいても、神経系でサイトカインが分泌される。よって、脳内サイトカインが情動行動を修飾しているので、ストレスを受けたとき情動応答に脳内サイトカインが関与していることは明らかであるといえる。

5.まとめ

最近では、ビデオでもあったように、唾液中のアミラーゼを使って見えないストレスを気軽に数値化できるようになっている。ストレスを、目でみえないものからみえるものへと変化させるといった試みや、論文からも分かるように、うつ病に関する研究は進んでいるといえる。しかし、いくら注目されても、仕事や職業生活でストレスを感じている労働者の割合は経るどころか年々増え続けており、1997年の調査では約63%にも達している。日本では、労働者を守るための取り組み(復職システムなど)が盛んに行われているが、今の状況を見ると、まだ不十分であると思われる。更に、日本では、将来高齢化が深刻化するために、リストラ、アウトソーシングといった問題による労働者の負担は増大するものだと推測される。いずれ医師になる私は、今後うつ病患者と接する機会がたくさんあると思う。そのためにも、今回調べたストレスとされる出来事が誘因となって起こるうつ病の、免疫能とサイトカインとの関連や、生体がストレスを受けた時の感情の発現と、ストレス時に脳内で発現するサイトカインの関係については、しっかりと頭に入れ、臨床の場に応用し、労働者の心の支えになりたい。